大衆文化の華が開き、娯楽が一般化していく元禄、お伊勢参り(お蔭参り)が信仰だけでなく観光要素が強まり、とてつもない流行が始まります。諸国より伊勢参宮に行く人々は、その道中、数日間は大坂に立ち寄り、歌舞伎、浄瑠璃、寺社仏閣、名所旧跡を観光していったようです。この伊勢参りの主要街道、大坂から大和へ通じる暗峠奈良街道の玄関口として二軒茶屋(東小橋)が賑わいを見せます。ここで暫しの間、飲食を楽しみ、またある人は見送り人と送別の宴をもち大坂に別れを告げ旅立つ、そんな道中です。最盛期の文政末期、阿波からおこったお蔭参りでは、半年間その熱気が続き、約400万人が参拝しました。そして、その通過する町や村の諸物価を引き上げ、伊勢では家人が路地向かいに用足しにいくだけでも、参拝者の間を縫うよう歩かなければならず、たいへんな手間がかかったというような想像を絶するものでした。一方では、満足な路線も持たず、熱病にとりつかれた様に旅立つものも数多くいて、道中で倒れるものが続出したという記録も残っています。
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